「靖国問題の核心」

 小泉の「靖国」参拝
    「その本質的な意味を問う」

  小泉の「靖国」参拝 「その本質的な意味を問う」                           菅原龍憲

 8月15日、内外の激しい批判の渦巻く中で、遂に「公約」どおり、小泉首相は靖国神社参拝を断行した。
一国の首相がかくも異常なまでに執念を見せる靖国参拝の意味するものは一体なんなのだろうか。

小泉首相の恣意と奸智

 小泉首相は靖国参拝について、「これは心の問題】と言い、「行く行かないは個人の自由」という言辞を繰り返してきた。
 2001年8月13日の小泉首相の靖国参拝をめぐって、各地域で違憲訴訟が提訴されたとき、
福田康夫官房長官(当時)が記者会見で「そういうこと(小泉首相の参拝は違憲)を言って、小泉純一郎の信仰の自由を妨げるというのは、それこそ憲法違反だ」と発言したことを思い起こす。
 これは全く転倒した発言といわねばならない。
国家機関の最高権力者である首相が、国民の信教の自由を侵害することを規制した憲法を楯に、政治公約をしたうえで、靖国神社に参拝することに、
「参拝する自由があるとか、ないとか」という議論はすでに破綻している。
 また、大阪高裁判決(2005年9月30日)は、首相の靖国参拝は明確に憲法違反と判断した。
この判決に対し、小泉首相は国会答弁で「憲法違反とは思っていない、一国民として参拝するのがどうして憲法違反なのか理解に苦しむ」と述べている。
 一国の首相が、違憲判決に対して、なんの意にも介せず、これを無視して、思惑のままに自らの行動を正当化するならば、そもそも憲法は不要である。
 しかし、このような常軌を逸したというべき行為は、まぎれもない一国の首相の政治姿勢なのてはあるが、
それを一個人の信念とか心情とかに収斂し、それをなお支え続ける国民の存在することを熟知して、日本国家と国民とを一定の方向に向かわそうとすることは、
小泉首相の恣意と奸智にたけた「確信的」な政治姿勢ではないだろうか。

靖国問題の核心

 靖国問題の核心は、今日の日本の精神状況を支配し続ける国家の宗教性に求められねはならない。
それは平の国の権力構造の根幹に関わる問題である。しかし、今日のおびただしいばかりの靖国をめぐる議論の潮流(外交・国益問題、A級戦犯分祀なと)は、
何ひとつこのような問題には食い込んでいない,むしろ靖国問題を限りなく楼小化しているといわざるをえない。
それは本質的な批判根拠が不在であることの当然の帰結であろう。
 「戦う国家は祀る国家」(子安宣邦)といわれるように、戦争する国家は同時に宗教(祭祀)との深い関わりをもつ。
現在、この国には着々と有事体制が積み重ねられている。そこでは当然のように国民の「尊い犠牲」か求められる。
 権力は一方的に抑圧政策をくりだしはしない。犠牲を強いられているという意識をおよそ国民が持ちえない状況をつくりあげていくことが巧妙な支配構造であるといわれる。
そのためには「国家それ自体が国民の犠牲を期待しうるような聖なる存在にならねばならない」(子安宣邦)のである。
小泉首相の「悪びれることもなく」繰り返される靖国参拝は、日米軍事同盟を最優先し、「何のためらいもなく」イラクヘの自衛隊派遣を可能にしてしまった政治姿勢と一体化したものといわねばならない。
 権力はつねに国民を法で支配するだけではなく、宗教を背景にして、自らの安定をはかるとともに、
国民の内面収奪をはかつていく。これは今日まで連綿と続くわが国の権力の構造である。権力は神聖化され、時の体制は絶対化するという仕組みなのだ。
 いくら有事法ができても実動しなければそれは単なる画餅に過ぎない。それが実動するためには精神的動員体制をつくり上げることが不可欠な課題となる。
その精神動員の基軸になるものが靖国思想であることは言うまでもない。
 権力がさまざまな批判を浴びながらも、あらゆる手段を駆使しながら、靖国神社をめぐってかくも執拗に政治的策動を繰り返すことの意図はここにあるといわねばならない。
 首相の靖国参拝が、自らの内面への侵害であるという危機意識も苦痛も、国民の圧倒的多数は覚えない。その精神状況は決して無関心などではなく、はとんどの国民が靖国思想と同質なものを内面に抱え込んでいることを意味する。
 国家というものの価値のもとに、それそれの個人が従属してしまうような、そういう精神土壌はすでに国民のうえに広がっている。
 「支配権力とは民衆の実態が映し出された影にしかすぎない」(田川建三)とすれば、
私たちは、国家とともにその国家支配の構造を無自覚に支え続けている国民の存在とその意識をも否定的に問い続けていかねばならない。

「非宗教論」への動き

 この原稿を書いているときに、各報道は「靖国を非宗教法人に」という、麻生太郎外相の提案を伝えている。靖国神社に宗教法人の任意解散手続きをとるよう呼びかけ、
「国立追悼施設靖国社(招魂社)」といった特殊法人へ移行すべく国会において設置法をつくることを提案しているというのだ。
また、中川秀直自民党政調会長は靖国神社を非宗教法人化し、「国家護持」を目的に、かつて自民党が提出した靖国神社法案を再検討する意向を明らかにしているという。
戦前、国家神道の拠点であった靖国神社は、まぎれもなく「非宗教」だったのである。
 この「非宗教論」に、戦後、国家神道の解体にともなって、一宗教法人として出発したはずの靖国神社を、今また復古的に「非宗教」と解釈しなおすことによって、
「国家崇拝」へと「国民」の精神をたぐりよせ、新たな国家による国民支配の意図がうかがえる。
 一九八五年八月一五日、中曽根康弘首相(当時)とその閣僚たちが初めて靖国神社公式参拝を行なったとき、
神社の境内で拍手と歓声をもって彼らを迎え入れたのは戦死者の遺族たちであった。
国家の恣意によって犠牲を強いられた戦死者を国家が褒め称えるという詐欺的行為を遺族たちはなぜ許してしまうのか。
 天皇と国家の名のもとに戦争に駆り出され、他国民を殺し、そして自らも殺された戦死者の悲惨を「英霊」と称え、感謝する、その欺瞞は底知れない。
しかし遺族にとって肉親を奪われた痛恨な思いと国家のつながりは、決して自明のこととなってはいない。いやむしろ靖国神社に祀られていることに充足感さえおほえてしまう。
 国家の宗教性の中にさまざまな現実の矛盾が吸収され、そのような倒錯をつくり続け、その残忍さを感じさせないところに国家による内面支配の本質のようなものを感ずる。
 「古来人類の最大の迷信は国家崇拝なり」(水下尚江)という、国家の宗教性による内縛構造にいかに食い込んでいくのか、
国家による内面への介入に抗する精神をいかに自らに確立するか。国家を価値的に超えうる、新たな「私」を打ち立てていくことの責任を思わずにはおれない。

 すかはら りゅうけん
 靖国合祀取消訴訟原告団長。
 真宗遺族会代表(戦没者遺族)で浄土真宗本願寺派僧侶。
 著書に『靖国」という檻からの解放」(永田丈昌堂)ほか


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